皆さんは、職場や学校で以下のような指導を受けたことはあるでしょうか。
「〇〇させていただく」・「お願いいたします」・「試しに行ってみた」などの補助動詞は、平仮名で書くのが正しい。
「頂く」・「致します」・「見た」といった漢字を使うのは、間違いである。
これ、なんとなく受け入れて深く考えずに従っている人が多いのかもしれませんが、実はそれほど大した根拠は無いんです。
そもそも「正しい日本語」なんてものを、いったい誰がどうやって決めるのでしょうか。
強いて言えば、文部科学省なら決められるのかもしれません。
しかし、文部科学省がそのような表記ルールを定めたという証拠はどこを探しても見つかりません。
いろいろ調べてはみたのですが、このようなルールが具体的に書いてあるのは、「公用文を作成する際のガイドライン」だけでした。
つまり、本来は官公庁や自治体だけに適用される「ローカルルール」に過ぎないわけです。
にもかかわらず、「これが正しい日本語だ!」と信じてやまない人は結構いるようです。
ネット上でも、そのような主張が散見されます。
(例1) 「宜しく」と書くと笑われる!?
(例2) 「お願い致します」と「お願いいたします」はどっちが正しいか説明できますか?
(例3) 「よろしくお願い致します」は失礼!? 間違えやすいビジネス文章10選
上記いずれの例も、「これが正しいんだ! そういう決まりなんだ!」と書いてあるだけで、その根拠は書いてありません。
根拠を示さず正しさを主張することは、宗教であれば許されるのかもしれませんが、ビジネスシーンでは慎むべきです。
ひどい場合は、「文部科学省がそう決めたんだ!」などという嘘が書いてあることもあります。
(例4) 「いただく」と「頂く」の正しい使い分け方と違いについて
それが本当なら、その根拠となる「文科省が発行した文書」を明示すべきなのですが、特に書いてありません。
前述の「公用文を作成する際のガイドライン」が文化庁のWEBサイトに掲載されていますので、それを見て色々と勘違いてしまったのかもしれません。
この問題については、「補助動詞 ひらがな」で検索すれば山ほど情報が出てきます。
良心的なWEBサイトであれば、所詮は官公庁向けのローカルルールに過ぎないことがちゃんと書いてあります。
そのガイドラインは、正式には 「内閣訓令第1号 公用文における漢字使用等について」 といいます。 (↑文化庁のWEBサイト) この文書の「1.キ」で、補助動詞の平仮名表記が例示されています。 |
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このガイドラインは、官公庁や自治体だけでなく他の組織にも流用され、そこそこ浸透しています。 (だからこそ、冒頭のような勘違いをする人が多いのでしょう。)そんな組織の一つに「北海道小学校長会」があるのですが、その情報部・研修部 が作成した「用字用語例 (平成26年度版) 」にとても良いことが書いてあるので紹介します。 これは、自動車の左/右側通行に似ています。 日本やイギリスは左側通行ですが、世界的には少数派です。 「右側通行の方が事故が少ない」といったような統計調査の結果が出ているわけでもありません。 そのような「単なる取り決め」を、「これが正しいんだ」と捉えてしまうのは、あまりにも飛躍しすぎです。 もちろん、独自の取り決めをイチから考えるのは大変ですから、既にあるものを流用する組織が多いことは当然ですし、何の問題もありません。
なお、文化庁のWEBサイトには「No.21 公用文の書き方資料集」というページがあります。 表紙には「昭和35年の」と書いてありますが、今でも有効なのでしょうか・・・?
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この「補助動詞の表記問題」についてさらに調べていくと、もう一つ面白い発見がありました。
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なんと、過去に一度、国語審議会(当時)が「当用漢字改定音訓表」において「補助動詞はかなで書くこと」というルールを作ろうとしたことがあったのです。
「当用漢字改定音訓表」は1973年の内閣告示なのですが、案の段階では以下のような内容が含まれていました。
最終的に決定された「答申」においては、この部分は削除されています。
削除されたということはつまり、
「漢字で書いたって別に良くね?」
「こんな細かいことまでガチガチにルールで固める必要無くね?」
という意見が多かったのだと思われます。
<おまけ>
興味がある方は、この答申が決定された「第80回 国語審議会 総会」(1972年6月28日)における、柴田委員の発言を読んでみてください。
柴田ススムとは特に関係の無い方ですが、なかなか良いこと言ってるなー と思いました。