企業のDXの成否を分ける鍵とは

今回の記事は、もしかしたら大半の読者諸賢から「何を今更w」と思われるかもしれません。

 

企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の成否を分ける鍵、それはズバリ

「アナログツール(代表例:紙文書)前提の企業文化(慣習・ルール・仕事観)を一切合切捨て去る覚悟」

です。

 


やや抽象的に聞こえるかもしれませんが、どんな企業の「仕組み」にも、背景にはそういった「文化」があるはずです。

おそらく、「デジタルツール(いわゆるIT)を前提とした仕組み」を新たに構築しようとしても、
アナログツール前提の文化が背景にあったままでは、足を引っ張ることでしょう。

そもそも、人類の文化はほぼ完全にアナログツール前提で培われてきました。

アレクサンダー・グラハム・ベルが電話を発明したのが1876年。
IBMの創業が1911年。
楽天の創業が1997年。
デジタルなITツールが一般市民の生活に浸透したのは、せいぜいここ20年くらいでしょう。

そうして培われてきた「アナログツール前提の文化」は社会の隅々(もちろん企業にも)まで浸透していますし、良い所も多くあります。
当然、それらを捨て去ることに強い抵抗感を感じる方は多いかと思います。

しかし、「捨てずに残すべき部分」を正確に見極めることなど、本当にできるのでしょうか・・・?

明治初期、日本政府はなりふり構わず徹底した欧化政策を取りました。
外様とはいえ薩長土肥の武士階級出身者達が、先頭を切って既存の価値観を否定していきました。

いわゆる「お雇い外国人」などを通じて技術導入を進める一方、「形から入る」ことにも力を注いだため、鹿鳴館のように批判の対象になるものもありました。
ですがトータルで見れば「近代的な国民国家の確立・列強に飲み込まれないための富国強兵」という目的は達成できたと思います。

逆に、ほぼ同時期に清で行われた「洋務運動」は、あくまでも学術・産業技術だけの欧化を目指した結果、失敗しました。
(詳しく知りたい方は「中体西用」というスローガンについて調べてみてください。)


「これまでの良いところは残しつつ、新しいものを取り入れる」というのは、何も間違っていないように聞こえます。

しかし、根本的な大変革が求められる時には、その姿勢では限界があります。

企業のDXも同じです。

これまでアナログでやっていた業務に何らかのITツールを導入することで、アナログの良い部分まで失われてしまう場合、必ず反対意見が出ます。

ですが、それら反対意見に細かく耳を傾けていたら、おそらくDXは中途半端なものにしかならないと思います。