存在意義とは何か。

野村克也氏の名言を読んで、日頃ぼんやり考えていたことはやはり正しいと確信できた。

 

 

ある人物が「いる」ことによって、「いない」場合と比較して何がどう変化したのか。

その「差分」こそが、その人物の「存在意義」だと思う。

(良い変化もあれば悪い変化もあるだろう。)

 

 

仕事において、たとえ業務能力そのものが低い人物でも、「ムードメーカー」として周囲の業務効率向上に一役買っているような場合は、それがその人物の「存在意義」だと言える。

 

 

逆を言うと、「いる」ことによって一体何が変化したのかよく分からないような人物は、「いてもいなくても同じ」・「存在意義が無い」ということになってしまう。

 

 

社会的に見れば、誰にだって何らかの存在意義があるはずなので、「いてもいなくても同じ」人物なんて有り得ない。

しかし仕事においては、その職場で求められる(評価される)存在意義(良い変化)はある程度限定されているので、それに応えられない人物は「いてもいなくても同じ」・「存在意義が無い」と見做されてしまうことも有り得る。

 

 

自分が「いる」ことによって、「いない」場合と比較してどれだけの良い変化があったのかをはっきり主張できるような仕事がしたいものです。

成功の反対は失敗か?

ふと思う。 経営における、 成功 と 失敗 は、対比概念ではないのではないかと。

決定的な失敗といえば、つまり倒産であるわけだが、決定的な成功というものは特に無い。

事業がヒットすれば、世間から「あの会社は成功している」と言ってもらえるが、たとえどれだけ成功しても双六ののように「上がり」とはならない。

つまり、成功はステータス(一時的な状態)を表しているにすぎず、失敗は結果(それより後がない)を表しているのではないか。

そんな毒にも薬にもならないことを思いついた日曜の昼下がりでした。

「企業」とは、一体どんなシステムなのか?

企業という存在が、何らかの目的を持ったシステム(=構造体)であることに異論は無いと思います。
ですが、そもそも「システム」とは何でしょうか。
(いわゆるITシステムに限らず、システムと呼び得るモノ全てが対象です。)
それを突きつめて考えると、ビジネスマンが100人いたら、100通り・・・とまではいかずとも、
30通りぐらいの答えは出てきそうです。
とりあえずここでは、システムは「プロセスの組み合わせ(集合体)」であると定義します。
そしてプロセスの定義は、
「何かをインプット(入力・投入)すると、それに何らかの手を加え、
 違う形でアウトプット(出力・放出)してくれるもの。」

であるとします。
こう定義した場合、システム自体もまた、
何かをインプットしたら何かをアウトプットしてくれるモノ。」であると言えます。
では、企業というシステムは一体、
何をインプットすることで何がアウトプットされることを期待されているのでしょうか?
企業と言う組織は、非常に複雑な構造体です。
様々なモノがインプットされて、各種企業活動を通じて様々なモノがアウトプットされます。
どんな活動をすれば十分かなど、誰にも定義出来るはずもなく、
企業自身の創意工夫によって、活動の種類は無限に存在するといっても過言ではありません。
しかし、それらの”個々の活動“は、システム内に存在する”各プロセス“であると言えます。
システム全体を俯瞰した場合、いの一番にインプットされて、
最後の最後にアウトプットされるものは何でしょうか。
それは「出資」と「配当」だと思います。
・・・非常に味気ない結論が出てしまいました。
「結局金かよ!」という突っ込みもあることでしょう。 
しかし、一番最初と一番最後に着目した場合、やはり企業とは「結局金」だと思います。
(途中経過をつぶさに見ていけば、話は別ですが。)
といっても今日の記事はほぼ思いつきで書いたものですので、
異論やご意見は多々あるかと思います。コメント欄にてお待ちしております。

プロジェクトはなぜコケるのか? <2>

前回の記事にて御紹介したURLには、
「実は、会社というのは潰れるようにできているんですね。」とあります。
会社と言うものは、たとえ売り上げが立たなくても、お金は出ていくものです。
変動費はともかく、人件費はもちろん、オフィスの賃料や
光熱費といった固定費はゼロには出来ないものです。
思うように売上が立たず、資金繰りがショートした時点で「詰み」となります。
勿論、そうならないために、経営者は様々な策を打つわけです。
そしてそれらの策が、(個別に見れば失敗もあるでしょうが、)
総合的に上手く作用すれば、潰れることを回避出来ます。
そして回避し続けた結果としてのみ、会社は会社として維持されます。
ものすごく当たり前のことなのですが、
サラリーマンをしていると、ともすれば忘れてしまいがちなことです。
毎朝、「会社に行けばそこに会社が在る」というのは、
上記のようなプロセスが上手く回っている結果でしかないんですね。
そしてそれは、社内・社外の何らかの要因によって、いつ狂ってもおかしくなないんです。
さて、前置きが長くなりましたが、PJについても同じことが言えると思います。
PJだって、ほっておけばコケるに決まっているものなんですね。
そもそもPJがコケるとはどういう状態でしょうか?
納期が延びた時? 赤字になった時?
様々な状態を「コケた」と呼ぶことが可能ですが、一応ここでは
「PJが予定からズレたところに着地し、
そのズレが顧客ないし自社の許容範囲を超えた状態。」としておきます。
(他に明確な定義をお持ちの方は、御意見をお寄せ下さい。きっと色々あると思います。)
そこで次に、「その”予定”とやらはどのようにして決められたのか?」が重要になります。
見積もりの手法は、色々と考案されていますが、いずれも
その時点で明らかになっている情報」を元にしています。
ですが、PJ進行中に「予定を立てた時点では存在していなかた、予期していなかった要因」
なんていくらでも発生し得るわけです。
「PJメンバーが風邪をこじらせて長期離脱」だとか
「無茶な仕様変更要求」だとか、「予定が狂う要因」なんてものは
その気になれば無限に考え出せます。
そんなことをあれこれ考えても意味は無いので、
PJの予定策定時にはそんなことは考えられていないのが普通です。
少しぐらいのバッファは取ってあるのでしょうけど。
であれば、PJの予定というのは狂って当たり前なんですね。
狂う都度、修正策を施し、場合によっては着地点自体を変更するなどした結果、
最終的に目論見通りの利益を上げ、顧客の要求事項も満たせた場合にのみ
初めて「PJは成功した」と言えるわけです。
修正策が思い通りに作用しなければ、やはりコケるわけです。
この構図は、会社そのものが維持される構図とそっくりですね。
明かに違うのは、「有期性」の有無ぐらいでしょうか。
以上が、前回の記事で「PJとはコケるもの」だとした理由です。
コケさせないための策が総合的に上手く機能した場合にのみ、
コケずに済むと言うだけのことなのです。
結局、「予定が狂う要因」が発生する都度、うまく捌いていくしかないわけで、
最初に立てた予定は「基準とすべき目安」でしかないわけです。
ところで、「目安として活用すること」を念頭に置いたPJ見積手法って、あるのでしょうか。
私が知る限り、各種のPJ見積手法とは「今ある情報をどう整理するか」という視点だけで
考案・工夫されている気がします。
PJが走りだしてからのことは、PM個人の手腕に依存しきっている気がするのですが、
どうでしょうか・・・?

プロジェクトはなぜコケるのか? <1>

結論:プロジェクトとはコケるものだから。
以上、終わり。
・・・というのは冗談で、後日ちゃんと理由も書きます。
ちなみに、私がこの結論を出すに至ったヒントは、こちらのサイトにありました。

http://www.weekly-net.co.jp/rensai/110/293.php
上記URLは、物流ウィークリーという物流業界向けの情報サイトなのですが、
八起会」を主宰する野口誠一氏がコラムを連載されています。
その中で紹介されている、公認会計士の小松隆雄氏の言葉から冒頭の結論を閃きました。
上記URLの回だけでなく、一連のコラム全てが大変ためになる濃い内容ですので、
興味のある方はぜひお読みください。

株式会社エーワン精密 第20期定時株主総会 2010/09/25

昨年に引き続き、エーワン精密の株主総会に行ってまいりました。
昨年(第19期)は、世界同時不況の影響をまともに受けたため、
売上高も経常利益も第18期より大幅に落ち込みました。
それでもかなり良い数字(経常利益率23.3%)だったのですが、
金融商品の評価損(特別損失)のため、ほとんど利益が吹っ飛びました。
第20期は、売上高・経常利益は前期とほぼ同水準で
製造業全体がまだまだ不況の影響から立ち直っていないようですが、
大きな特別損失が無いため、ちゃんと当期純利益が出ています。
1株当たりの配当は6,000円です。
(私は、2008年11月頃に245,000円程度で1株だけ買っています。)
決算書の分析は次回に譲るとして、総会の様子をお伝えします。
ざっくりまとめますと、だいたい昨年とおなじシャンシャン総会で、
質問が出たのは二人だけでした。
   【A氏の質問】(なんと浜松から来られた方です。)
◆第3号案(監査役会の新設)、第4号議案(新監査役の選任)、
 第5号議案(会計監査人の選任)だが、
 そんなことは上場企業ならやっていて当たり前ではないのか。
 なぜ今までやっていなかったのか。
 A:これまでは、大会社ではないので強制ではなかった。
  この会社規模、100名3部門では十分な監査体制だった。
  今回変える理由は、会社法が変わり、
  上場企業は大会社扱いになったから。
 ※柴田が帰宅後に調べたところ、議案の中に度々出てくる
  「JASDAQ等における企業行動規範に関する規則の特例」が
  今年の年6月30日から施行されています。
  これにより「監査役会の設置」「会計監査人の設置」が求められています。
  これまでのエーワン精密には「監査役」が2人いるだけでしたが、
  会社法第335条により、監査役会は3名以上であることが求められます。
  
  私の聞き違いでなければ、林社長は「会社法が変わったこと」を
  理由としていましたが、会社法自体は変わっていません。
  JASDAQ(大阪証券取引所)の基準が厳しくなっただけです。
  エーワン精密は「公開会社だが大会社ではない」ため、
  会社法上は監査役会の設置も会計監査人の選任も、任意です。
◆個別注記表にある「退職給付引当金の計上基準」だが、
 社内留保なのか何らかの基金に加盟しているのか、詳しい説明が無い。
 A:財務諸表の注記はこれで十分と判断している。
  足りない部分は質疑があった場合にお答えする。
 
  社内留保が十分にあるので、退職金は全て自己資金から出している。
  外部への積み立てで、運用の巧拙によってリスクが発生するものはやめた。
  一部、金型工業厚生年金基金には加入している。
◆大株主構成表で、社員持株会が2.56%となっているが、
 少なすぎるのではないか。
 A:毎月の給与から天引きして積み立て、
  1株分に達したら個人のものとなるようにしている。
  
   【B氏の質問】
◆先ほどの説明では、1株に達した従業員持株会の株は
 個人のものになるとのことだったが、それらも含めると、
 社員の持株比率はトータルでどれぐらいになるのか。
 A:およそ、10%弱です。
 ※細かい正確な数値までは、B氏は求めませんでした。
  役員の後ろには多くの資料を抱えたスタッフが控えていたので、
  時間さえかければ正確な値を算出することも出来たのだと思われます。
質問は以上で全てです。この後、すべての議案が拍手で承認されて終了しました。
およそ45分ほどでした。
残りの議案を紹介します。
 第1号議案:決算書の承認
 第2号議案:剰余金処分(株主への配当など)
 第6号議案:監査役の報酬改定(上限を1,000万円から2,000万円へ改定)
 第7号議案:役員賞与の承認(4名で総額579万円)
なお、お土産は昨年と同じ、地元の銘菓「武蔵野日誌」でした。

月刊企業実務 2010年8月号(No.679) 感想

こんばんは。アイソス8月号の感想を書き終えないうちに
9月号が届いてしまってやや焦り気味の柴田です。
とりあえず9月号は見なかったことにして、
今回は月刊企業実務8月号(No.679)の感想を書きます。
(たぶんこれも数日中に9月号が届きます・・・)
取り上げる記事は、連載企画である
<管理部門の「業務成果を改善」するマネジメント術 第11回> P86~88
です。
装飾品商社であるA社は、創業以来、受注拡大を最優先し、
時流にのって急成長。 しかし、その反動が・・・
というお話です。
急成長した企業において、組織(管理)体制がその規模にマッチせず、
いたるところに無駄が発生してしまうのはよくあることです。
記事内では、「(A社における)その最たるものが在庫管理」としています。
これまで、倉庫の(=在庫の)管理は営業部が担当し、
仕入先との価格交渉や入荷(検収)、出荷といった手続きも
各営業マンが営業業務の片手間に行っていました。
その結果、以下のような弊害が出てきました。
(1)入出荷の記録忘れが多いため、在庫数のデータと実態が乖離し、納期遅れが頻発
(2)受注したのとは違う商品を顧客に届けてしまう出荷ミスが頻発
(3)各営業マンがバラバラに仕入をしていたため、同じ仕入れ先に対しても、
 スケールメリットを活かした価格交渉が出来ない
(4)万が一営業マンが架空発注をしたとしても、チェック出来ない
(5)所定の伝票に依らない口頭の仕入発注もあり、経理側で支払予定額を把握できない
当然、顧客からのクレームが相次ぐようになりました。
実際、社長が久しぶりに倉庫を訪れてみると、
不良在庫が溜まり、足の踏み場もないほど乱雑に段ボールが積み上げられ、
整然と整理整頓された以前の姿とは様変わりしていたそうです。
そこで社長は、いままで売上一辺倒で管理部門を軽視していた姿勢を改め
物流課」と「購買課」を新設することで上述の問題を解決しました。
(いかにも管理部門のための雑誌だなぁ。)
・・・というのが記事前半の要旨です。
(後半では、実際にどう物流課と購買課を機能させていったのかが書かれています。)
ここまで読んで、私は非常に違和感を覚えました。
「この会社には”営業部長“はいないのか!?」ということです。
もし社長が営業部長を兼任していたとしたら、事態が悪化する前に
気付いていたはずでしょうから、おそらく独立したポストだと思われます。
上述の問題点の、少なくとも(1)・(2)・(3)の3つについては、
「営業部員がやっていることで、(別の、あるいは全体の)営業部員が被害を受けている。」
という構図が当てはまります。
つまり、原因と結果が「営業部」内で完結している事象だ、ということです。
そのような問題を解決するために社長が出てこなくてはいけないのだとしたら、
営業部長は一体何のためにいるのでしょう?
通常、多くの会社では、営業成績を上げることが営業部長に課せられた至上命題です。
その為には、受注拡大を図る一方、言うまでも無く”ロスを抑える”こともまた重要です。
顧客からのクレームの情報は、当然営業部長のところにも届くことでしょう。
そしてその原因が「営業部員の在庫管理の甘さ」にあったのだとしたら、
その解決に真っ先に乗り出さなくてはいけないのは、営業部長その人のはずです。
解決の手段は何でもいいんです。
「部下達に、入出荷帳の迅速かつ正確な記載を徹底させる。」でもいいですし、
「在庫管理を専門とする新部署の設置を社長に訴える。」でも構いません。
別に、営業部内だけで解決しなくてはいけないなんてルールはありませんから。
大事なのは、そういった課題解決行為に営業部長自身が主体的に乗り出すことです。
営業部員がやったことで他の営業部員が困っているのに
当の本人達(およびその長)が問題を放置している状態なんて、
営業部外の人達から見たら馬鹿みたいじゃないですか。
(3)については、営業マン一人一人は大して問題だとも思っていないかもしれません。
(問題の存在そのものに気付いていない可能性すらあります。)
しかし、営業部全体を見渡し、その成績に責任を持つ営業部長にとっては、
間違いなく「自分事」のはずです。
A社が抱える本当の問題は、決して、
「規模に見合った管理体制が整っていない」ことではありません。
ズバリ、
「社長の分身として各部署を管理監督する中間管理職“が育っていない」ことです。
そのことを改善しない限り、各部署内で起こる問題に対し、
この先もいちいち社長が乗り出して解決しなくてはいけません。
A社が今後も継続的に成長を続けるのであれば、
(そのこと自体は喜ばしいことのはずなのに、)
いずれ破綻することは自明です。
社長一人の目と手が届く範囲は限られていますから。
なお、(4)と(5)の問題については、営業部以外の部署も絡んだ事象ですので、
営業部長を含め、営業部内の人間にとっては「それが問題である」という
認識すらなくても仕方がありません。
そういった問題を解決するために、部長より上の人間
(A社の場合は社長)が乗り出してくることは普通の事だと思います。